2022年前期の定期講座の日程が決まりました

前期の日程とテーマが決まりました.
全部で12回です.

すべて単発の講座として
受講していただけます.

内容としても、続けて受講しなければ
わからない、という構成では
ありませんので、ご安心ください.

末尾に参加についても
ご案内しています.

01/05 月について(2022星座カレンダーより)

01/19 星座:黄道ゴマづくり

02/02 場所と繁盛とのかかわり

02/16 鏡に映ることと視線

03/02 空間の曇り(濁り)について

03/16 自然観察会<共星の里>

04/20 12感覚論

05/18 内的感覚、外的感覚

06/01 アストラル体について

06/15 感情について

07/06 夏至と祭り

07/20 ミヒャエルについて

参加をご希望のかたは、
「参加方法」をご確認のうえ
事務局までご連絡ください.
会場は福岡市内(早良区)です

参加方法

twitterでDMいただくと
早いかも知れません.

twitter

心配しすぎなくていい

世の中って、暗い見通しであふれていますよね.

– 地球温暖化による気候変動
– 人口爆発による食糧危機
– AIによる失職、生き方や社会の変化

などなど、不安がいっぱいです.

真面目な人ほどひとつひとつの問題を
真剣に受け止めて、
心配しているかも知れません.

もちろん、それぞれの問題を
自分ごととして捉えることはたいせつ.

とはいえ、人の意識というものは
ネガティブなものに反応しがちな
性格をもっているようです.

危機に備える本能
みたいなものですかね.

それと…

これから先、いろいろな悪いものが
出てくるかも知れない.
でも、それを解決する方法があらわれる
可能性だってある.

こんな話をR.シュタイナーが
したことがあるそうです.

未来の人間の知恵を信じる
力強い言葉ですね.

ただ、これはあくまで私の聞きかじり.

興味をもっていただけたら、
一度ぜひ定期講座にご参加ください.

メールか、twitterで
お問い合わせください.

参加方法
https://twitter.com/spiral_class

たいせつなことを伝える時の二つの方法

らせん教室の定期講座で
先生からこんな話を聞きました.

 
他の人に何かを伝えようとするとき
異なるふたつの方法がある.

例えば、あなたがとても美しい鳥に
出会ったとして、その感動を
人にどう伝えるか?

まず思い浮かぶ方法は、
その鳥の美しさを
言葉なり、絵などで表現する.

全身が青緑色の輝きに覆われ、
太陽の残像のような文様に彩られた
長い尾をもっている、

、、、などなど、でしょうか.

でももうひとつの方法は
これとは全く違っています.
それは、

その鳥とあなたが出会った場所への
行き方を、その人に教える.

 
感動そのものは伝えることが
できません.
感動はその人の体験だから.

本気で伝えようとするなら、
こうするしかないのかも.

このお話、もともとは
R.シュタイナーが
人智学の方法について
説明したものらしいです.

上のお話は、それを私が
解釈したものです.

オリジナルについて
興味をもたれたかたは、
どうぞらせん教室定期講座へ.

らせん教室定期講座・2022年前期のの開催予定日

らせん教室定期講座・2022年前期の
開催予定日が決まりました.

テーマはこれから決めていきますが、
日付のみ先にお知らせします.

01.01/05
02.01/19
03.02/02
04.02/16
05.03/02
06.03/16
07.04/20
08.05/18
09.06/01
10.06/15
11.07/06
12.07/20

第1、第3水曜日が基本です.
4月と5月のみ、月一回になっています.

前回お知らせしていたものからは、
04/06を外して、
01/05を入れています.

新年早々からスタートです.

初回は天体のテーマになる予定です.
星が好きな方も、
そうでない方も
ぜひご参加ください.

テーマが決まりましたら
またご案内いたします.

2022年前期定期講座テーマ案

2022年・前期の定期講座の
テーマについて
現時点でお寄せいただいている
アイディアをメモします.

– 感情について
– 「場所」の意味
– クリスマスの真実
– アストラル体
– くもりとにごり
– 12感覚論の概説
– ミカエルとカルマ
– 糸島などで歴史を含めた観察会
– 共星の里訪問

前回もちこしたアイディアとしては、
– 認知症について
– コロナ・パンデミックとカルマ
– 意識魂について
– 民族魂とは?
– 影について
– ライアーのこと、432Hzのこと
– 心臓思考
– 遺伝について
– 愛
などがありました.
今見ても惹かれるものが
たくさんあるので、
ここから選ぶのもアリかと
個人的には思っています.

開催日は、第一&第三水曜日が基本
7月までに12回を行なう予定です.

あくまで現時点でのご参考ですが、
カレンダーを見ると以下のようになります.
*カッコ内は予備日です.

 (01/05)
01.01/19
02.02/02
03.02/16
04.03/02
05.03/16
 (03/30 第5)
06.04/06
07.04/20
 (05/04 祝日)
08.05/18
09.06/01
10.06/15
 (06/29 第5)
11.07/06
12.07/20

井手先生のご都合をうかがってから
最終的におしらせします.
変更になるかも知れませんので
あくまで現時点のものとご理解ください.

10月20日は竈門神社へ

10月20日(水)の定期講座は
宝満宮竈門(かまど)神社
にて観察会をおこないます.

10時半に現地・第一駐車場に
お集まりください.

完全に余談ですが
こちらの竈門神社、
最近なにかと話題です.

あの大ヒットアニメ『鬼滅の刃』の
聖地になっていて、
ファンの “巡礼” が絶えないのだとか.

単純に、

– 主人公・竈門炭治郎の
姓と同じ神社名

– 作者が福岡出身

だからかな、と思っていたのですが
調べてみると他にも理由はあって、

– 竈門神社は太宰府の「鬼」門封じ

– 竈門神社のご神体・宝満山の修験者は
竈門炭治郎と同じ市松模様の衣服をまとう
西日本新聞の記事

などするそうです.

なるほど、っちゃなるほどかも…??

竈門神社は漫画で話題になる以前から
しゃれた社務所や展望で人気の神社です.

個人的には、
竈門神社の脇を流れる宝満川は有明海へ
太宰府の脇を流れる御笠川は博多湾へ
と向かうのが興味深く、
近くには谷中分水嶺(こくちゅうぶんすいれい)
というちょっとマニアックなスポットもあります.

定期講座・2021後期日程をお知らせします

定期講座の後期日程が決まりましたので
お知らせします.

全8回です.
ご予定を空けておいて
いただけたら幸いです.

通常は第一、第三水曜日ですが、
今期は変則の第二、第四が多く
なっています.
すみませんがご注意ください.

09/01(第1水)心臓思考とは?

09/22(第4水)*変則 数について

10/06(第1水)エーテルと体の認識、周りの認識

10/20(第3水)自然観察(竈門神社)

11/10(第2水)*変則 SNS時代の認識について

11/24(第4水)*変則 お金について

12/08(第2水)*変則 嗅覚と香

12/22(第4水)*変則 自由について

2021後期定期講座のテーマ案

後期のテーマ、何やりましょう?

と問いかけたところ
みなさんから
ご要望やアイディアを
お寄せいただいてます.

お返事くださったみなさん、
どうもありがとうございます😊

気軽な感じでアイディアを
たくさん出していただいて
その中かららせん教室的に
深められそうなものを
井手先生に選んでいただこうと
思ってます.

経験的に、そんなやり方が
一番いいみたいです.

直近、取り上げなくとも
後々再会するテーマというのも
多いです.それも楽しみかな、と.

私の手元に届いている案は
いまのところ次のとおりです.
*2021/07/13更新

– シュタイナー的に見た「数」
– 数と芸術
– 認知症について
– コロナ・パンデミックとカルマ
– 意識魂について
– エーテル体について
– 民族魂とは?
– お金について
– SNS時代の情報リテラシー
– 自然観察会
– 影について
– 香りのこと
– ライアーのこと、432Hzのこと
– 心臓思考
– 遺伝について
– 愛
– 自由

神功皇后の話題、ふりかえり

見慣れた景色が別のものに見えてくる
そんなテーマを掘り起こすらせん教室.

前回は埋もれた歴史 “神功皇后” を
とりあげました.

「埋もれている」と言っても、
福岡の神社の由来や地名のあちこちに
ゆかりの物語が残っていますから、
神功皇后とその仲間たちについて、
少し意識するだけで
楽しみや発見が増えるはず…

そんなノリで挑戦しましたが、
興味をもっていただけたようで、
よかったです.

井手先生、板書がたいへんでしたね.
お疲れさまでした.

 
今回はとりあえず神功皇后の
物語をシェアしたい、ということで
ほぼ知識的な話にとどまりました.
時間の関係もありましたし.

でもその中で新たな疑問も生じたので、
面白いのはむしろこれからかな、
という気もしてます.

この先、暮らしのなかで気づくこと、
その気づきから生まれる興味・関心、
そういった、みなさんの中に生まれる
自然な展開も楽しみです.

気づいたことがあったら、どうぞ今後も
話題提供してください.

 
講座のなかで提示されたあらたな興味
などを、下にメモしておきたいと
思います.

神功皇后が埋もれた理由

神功皇后の物語が埋もれている理由
 ↑
あらためてここに関心が向きました.

戦前の歴史観が戦後の歴史観に180度
転換するなかで封じられてしまった、
と私は理解していましたが、
しっかり調べると、また別の説が出て
くるのかも知れません.

半島側の記録は?

それと、参加してくださった方から、
「今の日本では知られていないけれど、
韓国側で神功皇后は割と知られている」
みたいだ、というお話が出ました.

確かに、朝鮮半島側の記録も確認
してみたいですね.

とても興味深いです.

博多曲物

これも参加してくれた方からの
話題提供.

博多曲物(はかたまげもの)もまた
神功皇后由来である、という話が
あるそうです.

「神功皇后が征韓の際に博多の馬出で皇子をお産みになり、その胞衣を蔵める容器を作ったことがその始まりとも言われますが、真偽のほどは別として、元禄時代の大学者、貝原益軒の著「筑前国続風土記」の記述から、当時の様子を知る事が出来ます。」
https://magemono.com/

上を引用した玉樹さんの事業所は
志免町で、応神天皇の胞衣が
埋められた宇美町のすぐお隣です.

ちなみに志免町の「しめ」という
地名も宇美八幡と関連があるようです.

御輿来海岸(おこしきかいがん)

神功皇后の話ではないのですが
話題にしたのでリンクを貼ります.

御輿来海岸は、宇土半島北岸に位置し、名の由来はその昔、景行天皇が九州遠征の際、美しい海岸線が天皇の目に留まり、しばし御輿を駐め魅入られたという伝説からその名がついたとされ「日本の渚百選」・「日本の夕日百選」に選定される景勝地です。
https://www.kanponoyado.japanpost.jp/aso/blog/130330/

景勝地として有名.
季節と潮の状態に注意です.

https://city-uto.com/archives/1

それにしても、何気ない散歩での
気づきが、こんな風に展開している
のには驚きます.

ふくおかを 歩めば出ずる 皇后の
足あと遠き 昔をば思わん

なんつって.

神功皇后(じんぐうこうごう)関連(参考メモ)

6月2日(水)の定期講座では、
神功皇后(じんぐうこうごう)に
フォーカスするということで、
少しですが、知ってることをメモします.

皇后の冒険物語の本編は、
井手先生の講義をお楽しみに.

ここではその補足情報として、
登場人物(神?)を中心にご案内します.

もちろん、講義にあたり必須
というわけではないのでご安心を.
ただ、名前の読み方が難しいので
事前に馴染んでおくと入りやすいかと
思います.

興味のある方はご覧ください.

 

神功皇后(じんぐうこうごう)

日本書紀に登場する、天皇の后.
朝鮮半島に侵攻(=三韓征伐)したと
伝えられてます.

身重ながら、その産気を紛らわせつつ
新羅を秒で平らげた女傑だとか.
卑弥呼と同一では、という説も根強いです.

日本書紀には開国以来の歴史が
綴られているわけですが、
最初のほうはふつうに神話です.
でもこの神功皇后が登場するあたりから
急激に現実味が増してきます.

この皇后、戦前は紙幣の肖像に使われるほど
有名キャラでしたが、やったことが
やったことなので、教科書から消えました.

秀吉の朝鮮出兵と同じく、
物議をかもしやすい話なんでしょう.

福岡ではそこらじゅうの神社に名前が
残ってるのに、多くの人が知らないという
のもおもしろいところ.

ちなみに神功皇后は、あの香椎宮に
祀られています.

関係ないですが、私は名前の読み方が、
なかなかしっくりこなくて、
長いことこの皇后さんを敬遠してました.
じんこう? じんぐ?? って感じで.
ぐう、って普通に読むんですかね?

仲哀天皇(ちゅうあいてんのう)

神功皇后の夫.
かの有名な日本武尊(やまとたける)の子と
伝えられてます.

神功皇后の物語のなかではこの仲哀さん、
皇后の言うことをきかなかったために
けっこうあっけなく死んでしまう
残念な存在です.

香椎宮に皇后とともに祀られていますが、
福岡では香春町から行橋に抜ける
仲哀トンネルにもその名を留めてます.

心霊スポットとして超有名ですよね.
* 旧トンネルのほうですが、今は入れません.

応神天皇(おうじんてんのう)

神功皇后の子.
身重のまま戦地に赴いた皇后の、
そのおなかにいた子どもです.

戦の神として全国に広まった
八幡(はちまん)さまとはこのお人.
筥崎宮の主祭神になっていたと思います.

それと、神功皇后が帰国後に
応神天皇を産み落とした場所が
宇美町の宇美八幡.
安産祈願の子安石が人気です.
胞衣(えな)を埋めた場所は奥宮にされてます.

ちなみに当教室ではこの宇美八幡、
しめ縄が樹脂製の、ちょっと残念な神社として
有名ですが、最近行ってみたところ、
天然の藁製になってました.

由緒ある神社なので、よかったです.

武内宿禰(たけのうちのすくね)

半島侵攻を取り仕切った神功皇后の忠臣.

皇后だけでなく、5代の天皇に仕えたと
言われていて、それはあまりに寿命が長すぎと
突っ込まれることも多い.

出自についても諸説ある、謎多き人物です.

これも読み方が難しすぎますが、
宿禰(すくね)というのは
肩書きっぽいものらしいので、
私は武内さんと呼んでます(知り合いか?)

武内社とか黒男(くろどん)社など、
いろんなところで、いろんな名で祀られてますが
私は宗像の織幡(おりはた)神社が記憶に残ってます.
織幡神社は皇后が三韓征伐に赴く際に
紅白の軍旗を織らせた場所、と伝わっています.

さきほどの香椎宮の奥にある神水の隣には
今も武内さんの末裔が住んでいるという話も.

ちなみに私が神功皇后に関心をもち始めたのは、
うちの近所を流れてる用水路(裂田溝)を
この武内さんが通した、と伝えられて
いたことからです.

舞を演じて雷を呼び、それで巨岩を砕いて
通したそうで、その岩盤と思しきものが
実際に現地に保存されています.

阿曇磯良(あずみのいそら)

半島出兵の際に神功皇后に召喚された海の神さま.

ほかの神々と違ってしぶしぶ&遅刻して現れ
「アワビや海藻にまとわりつかれちゃって」
みたいな言いわけをしたとか.

モチベーションが疑わしい態度ですが、
実際の遠征で大活躍したのは、
この磯良とその仲間たちだったと思われます.

なにしろ潮の満ち引きを自在に操る
干珠満珠(かんじゅまんじゅ)という玉を
もっていたそうですから敵なしです.

志賀島の志賀海(しかうみ)神社の
宮司さんはこの阿曇磯良の末裔.
教室でも以前、お話を伺ったことがあります.

阿曇族(安曇族)は日本史上のビッグネームで
詳しい人たちはこの名前を聞くだけで
目の色が変わるとか(私調べ).

志賀海神社には「神功皇后出兵絵巻」が
残されているそうです.
めっちゃ見たいですね.

志賀海神社

神功皇后が凱旋したと伝わる
大川の風浪宮(ふうろうぐう)には、
あわびなどにくっつかれている磯良を
表した像があります.

風浪宮

この風浪宮の系譜も阿曇族の分家とか.

にしても皇后軍が有明海側に戻ってきたと
知った時は意外でした.

住吉三神

神功皇后を三韓征伐に導いた海の神.

憶える必要はないですが、
– 底筒男命(そこつつのおのみこと)
– 中筒男命(なかつつのおのみこと)
– 表筒男命(うわつつのおのみこと)
と、浅い海から深海という縦の
オーダーなのが興味深いです.

住吉三神を祀る住吉神社は全国にありますが
なかでも博多の住吉神社は
三大住吉に数えられています.

ちなみに那珂川には、大胆にも最古の神社を
標榜する現人(あらひと)神社があり、
住吉神社の元宮だと言っています.

三韓征伐(さんかんせいばつ)

三韓は高麗・百濟・新羅のこと.

神功皇后が直接下したのは新羅で、
あとの二国は、潮の満ち引きを操る皇后軍に
恐れをなして降ってきたとされています.

「いやいや、そんな都合のいい話ある?」

と思いましたが、当時の半島南部には
辰韓、馬韓、弁韓という国があって、
その三国と新羅がごっちゃになってるのでは
ないかという説もあるそうです.

ともあれ古い話で記録も少なく、
神功皇后の話にはこの件だけでなく
諸説あります.

なかでも興味深いのは神功皇后自身が
もともと渡来系だったかも、という説.
半島と日本、切ってもきれない関係が
連想されます.

 
ここで挙げた項目はほんの一部ですが
ひとつでも調べ始めると、芋づる式に
情報が出てきます.

ご案内した
– 神功皇后
– 応神天皇(八幡神)
– 住吉三神
– 武内宿禰
このあたりはセットで祀っている神社が多く、
私は「神功セット」と個人的に呼んでいます.
代表格は宇佐八幡でしょう.

加えて、磯良と、その関連と思われる
綿津見神も関連づいてるケースが多いですね.
久留米の高良大社もそんな感じです.

みなさんの近所にある神社や地名も、
御由緒を見るとここに挙げた名前が
けっこうな確率で出てくるのでは
ないかと思います.

北部九州は、歴史が身近に感じられて
いいですね.

【付(地名など)】*別タブでひらきます
三苫の由来
御船山(武雄)の由来
嬉野の由来
干珠島・満珠島について

【付(時代の整理)】
神功皇后が活躍したのは3世紀
馬韓(ばかん)は紀元前2世紀末から4世紀中葉
新羅は6世紀(503年)成立.半島中部以南を統一したのは7世紀
白村江の戦いは7世紀(663年)
日本書紀の成立は8世紀(720年)