157.jpg



157 高宮に思う

例えば獲物を追って山に入った狩人がわずかな休息をとろうとするとき、それに適した場所を自然に選ぶと思います。何度かそういうことを繰り返すうち、自分の狩りのコースのなかに、ひとつの特別な場所が生まれていくでしょう。

繰り返すから特別になるのか、特別な場所だから繰り返すことになるのか、どちらが先かは判然としない面もありますが、いずれにしてもその場所にはきっかけになる何かがあった、ということは言えそうです。

特別な場所は、休むところ以外にも、獲物を狙うのに適した風下のとある場所、あるいは獲物を解体するのに適した水辺など、いろいろとありそうです。いずれも狩人にとってその場所は、ほかの山道とは違ったたいせつな場所として、特別な空間になっていくでしょう。
とりわけ命の交換が伴う所では、聖なる意味合いを帯びることも考えられます。

狩りのことなんて自分は全然わかりませんから、これはたとえ話に過ぎないのですが、ある場所が特別な意味を持ち始めるにはそれなりの条件があるのだろうな、と思うわけです。


この日皆で訪れた宗像大社。辺津宮のなかの最も聖なる場所は、この門をくぐった先の高宮と呼ばれる場所だそうです。そこには御神木こそあるけれど、ほかには何も無い空間が広がっているだけです。この空間に何を見てとるのか、どのようにして聖化されていったのか、いわゆるパワースポットという言葉で覆われてしまう以前の深層を直観できたらな、という一日でした。

2012/05/18 15:12:21